秋刀魚に小鉢数品とか。
そんなグレードの高いランチタイムは一人暮らしの人間には無理ですから。
ああ、『一家に いちイマジン』。そんなフレーズと共にデネヴが欲しいとか思った俺は、むしろ嫁を探せとツッコミを入れるべきなんだろうか?
自炊・・・そんな素朴な努力をすることを辞めてしまったのは一体何時からだろう?(社会人になってからだよなぁ・・・・)
強くなる為に、良太郎は日々努力しているというのに、俺って奴は・・・orz
強さの意味と、強さの代償
良太郎と桜井との対比をするなら今回はそんな感じですかね。
良太郎の強さ。言葉にすると簡単ですし、後半戦に至る今までのストーリーを眺めていれば、誰だって良太郎の持つ強さの価値を理解できるでしょう。
最弱のライダーだからこそ、最強の強さを持っているというこの辺のバランス感覚がね、超好き(笑 力の強さ。知恵としての強さ。いろんな強さがあって人によってその持ち合わせている強さはそれぞれ違うんだよということを、モモたちイマジンと良太郎とを対比させることで見せてくれるあたり、正しく子供向けの番組ですよね。
むしろ今まで、こういう事実をキチンと認識させてくれる番組が自分の知る限りなかったこと自体が不思議というか、変な話なんですよね。
かりそめの平等主義に徹するよりも、個々人で能力や持ち合わせている物は違うけれど、その人なりの役割と言うものが存在することを教えてこなかった教育は、だから『ゆとり教育』と揶揄されている様に思えるんですが(いや、むしろ躾という観点からみると親の方に問題があるのか・・・?)。
まぁ、ともあれ自分の最弱の部分を理解しているからこそ、そこを少しでも補おうと頑張るのが良太郎の良さ。『太郎』という名前が文書における例として記されることが多いことからしても、“正しい人”としてのお手本を子供達に見せている良太郎は、まさしく『良い』太郎(爆
そして、相変らず良い感じで、小出しに事実を開示してきている桜井サイドは強さの代償は、留まる事を知りません。
人として求める以上の物に手を出すにはそれ相応の代償が必要とはいえ、まさかの桜井(金田一風)の登場とデネヴの拒絶から始まり、桜井の決意と変身というオチに至る流れだけで、ご飯三杯はいける・゚・(ノД`)・゚・。
『背中ですべてを語るヒーロー』という奴にいまだ憧れを抱けるのは、こういうジレンマを抱えても、やらねばならない時がある―――という行動に至れない自分の矮小さに苦悩しているからこそなのかもしれませんね。それが例え『作り物』だとしても、どこかにそれがあることを願わずにはいられない。
全知全能な完璧超人じゃなくて、いつもは食い物のことで文句を言ったり、素は頑固で生意気で不器用な欠点を持つ男だからこそ、その決意の重さが否が応でも高まるんですよねぇ。
そして、いつだって桜井はブレない。
作中を通して登場初回から今に至るまで、正しく『桜井侑斗』であるからこそ、その行動原理に納得のいく理由と価値が生まれてるんだと思うんですよ。
ギャグ回・・・キャラクターの性格が完全崩壊させられてしまう回。そう称される回が電王にはなく(銭湯の回? さぁて、なんのことやら( ゚Д゚)フ?)、ほぼ小林靖子脚本で統一されているからこその強みがありますよね。今までの平成ライダーも脚本家をキチンとプロットを共有した上で、一人か二人に限っていれば最後までキチンと〆てくれるモノができていたと思うんですけど・・・・・









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