零落したとはいえ、かつてはこの近隣で栄華を極めた名家だけに、三枝家の二十畳ほどの大広間には大層立派な品々が飾られている。高名な画家のものと思しき掛け軸や、違い棚に陳列された茶器や漆細工の数々などがそれだ。
もっとも、どれだけ価値があるものだろうと、それを蒐集する人間の品位が下劣であれば名作に宿るある種の品格は途端に影を落とす。“ただ購入した”、“所持している”という見栄を、対外的に誇示する為だけに所狭ましと敷き詰められていたそれらに、かつての輝きを求めること自体、ひょっとしたら無意味なことなのかもしれない。
没落した今でも、それらを手放さない意固地さには呆れを越して感心させられはするが、同時に妙な腹立たしさが湧いてくる。それは『カオナシ』や、それを取り巻く葉留佳の環境と境遇への義憤と、二木佳奈多とボク自身を比べることによる自身の無力さ、無能さへの怒りだ。
周囲を観察する事で雑念を払おうとしていたボクは、ふと我に還った。
まただ。気持ちを切り替えようと努めているのに、ボクはまた三枝葉留佳を救えない自分に対して卑屈になっている。イヤになるくらいに自己嫌悪と意気消沈を繰り返していながら、ボクの無意識はまだまだ自分を虐め足りないらしい。
ボク自身の過失によって生じた、この世界の変質と佳奈多との不慮の接触の結果、葉留佳を救おうとする二木佳奈多の秘めた内心を察する事が出来たことで、ボクは同時に、自分の存在意義と何も出来ない無力さ―――そして、佳奈多へ向けていた怒りをどう処理すればいいのかが分からなくなっていたのかもしれない。
佳奈多が味方なのかもしれないという事実は、葉留佳の気持ちを第一に考えれば大きな収穫ではあるのだろうが、ボクの気持ちはその変化に対応できるようには作られていない。
なんらかの理由があったのだろうという推測ができていながら、今までの佳奈多の行いを許す気にはなれない頑なボクの強情さと、彼女とボクの間にそそり立つ歴然とした差が、先刻からずっとジクジクとした鈍い痛みとして、ボクの心に落ちてくる。
あまり難しく考えない方がいい。そう自分に言い聞かせて、ボクは雑念を払うように何度目かの溜息を吐いたが、それを素直に受け止められないのがボクの不器用さなのだろう。分かっていても、この損な性格は簡単には治ってくれそうもないなと、ボクは小さく笑っていた。
皮肉なことに、“苦悩”という点では今のボクと『カオナシ』たちは同じらしい。大広間には『カオナシ』の御歴々がずらりと並び、本日の品評会における審査の対象品を無言で眺めている。
黒焦げの目玉焼きと、佳奈多の作った例の味噌汁が、彼らにとっての悩みの種だ。
配膳されてきたばかりの、その二品に向けられた天蓋の目玉達の視線からは、表情こそ窺えないが、いいようのない緊張感が伝わってくる。
まぁ、当然だろう
品評会における今回の課題は“卵料理”である。
それなのに、今まで常勝を続けてきた『二木家の優良株』が突然、課題を無視した品目を開示してきたのだ。誰もが互いの顔を窺っては口を閉ざしている様は、ここに来る前から大方の予想はついていたとはいえ酷く滑稽に映る。
テーブルの下座には佳奈多と葉留佳もいた。もぞもぞと、居心地悪げに足を崩しては直す葉留佳と対照的に、話題の中心にいる二木佳奈多は、泰然自若と背を伸ばして微動だにしない。
「・・・なんだこれは?」
ようやく口にした『カオナシ』の言葉には、高圧的で高慢な怒りが含まれていた。上座に居座っていることからも、それなりの地位にある事が容易に想像できる。
三枝の家の者だろう。次期後継者を産み落とす為に必要な『二木佳奈多』という道具に対して、二木の家の者がわざわざ公の場で御小言を喚き散らして、二木佳奈多の地位―――ひいては二木家を危うくするような無様な失策だけはするまいと思えるからだ。
本家で安楽を謳歌していた『カオナシ』たちと比べて、分家した『カオナシ』たちには何もせずとも金が転がり込むような特典はなかったはずだ。恐らく、生活する為に“働く”という行為をしている分、二木の『カオナシ』たちには本家の人間に見られる感情だけが先走った暴言や拳が先行しない理智が多少はある。現実的な分別を擁しているからこそ、皮肉なことにボクは彼らのその一点だけは信用していた。
これも、どこの誰とも知れないお節介な脚本家の介入がなければ、三枝葉留佳の視点では微量な差異として埋没していたに違いない。
やがてボクの思考を反映するように、上座の『カオナシ』に加勢しようという空気と、それを阻むよう、圧力を湛えた視線が佳奈多に集中した。向けられた重苦しい空気を一身に受けて尚、彼女は表情を崩さない。怯みもしない。
ブレーキの壊れた車のように坂を下っていく二木佳奈多は、勢いに拍車をかけてボクの中の不安を駆り立てていく。
「味噌汁です、伯父様」
献上した味噌汁同様、そっけない言葉が告げられ、途端に『カオナシ』の額に青筋が浮かぶ。同時に周囲の『カオナシ』達はざわついた。
彼らは思ったはずだ。
おかしい―――と。
いつもの佳奈多であれば、『カオナシ』が満足する最上の言葉を吟味した上で、この部屋の重苦しい空気を払拭する口上を垂れるくらいは朝飯前だろう。
なのにそれをしない。わざわざ挑発して、相手の出方を窺うような態度に、『カオナシ』たちは元より、隣に座っていた葉留佳も驚きを隠せずにいた。
対して、ボクの胸中は彼らとは少しだけ違っていた。多少の驚きと共に迎えることになったが、ここに来る前、佳奈多が鍋に掛けていた火を落とした段階で、薄々とだがボクにはある種の予感があった。
二木佳奈多は、常に三枝葉留佳に勝ち続けてきた少女だ
現実世界でどうだったのかは知らない。だが、ボクが原因で自分の食材を失くした事実は小さい事ではないだろう。黙っていれば不戦敗。それによって二木家に帰った後に佳奈多が被る『教育』は甘い物ではないはずだ。今まで勝ち続けただけに、一敗という黒星は『カオナシ』に大きな失望と憤りを与えかねないほど大きな意味を持つ。
―――にも関わらず、やれば間違いなく実行できたはずの品評会の中止を進言するでもなく、女中に卵を買いに行かせるでもなく、課題とは別の料理を作り始めたときに見せた佳奈多の顔は、明らかに何かを決意しているようだった。
彼女の瞳には今もそれがある。それが自暴自棄や投げやりな暴挙に端を発したものか。それとも、まったく逆を指し示めすベクトルを宿した意思なのかは、残念ながらボクには推し量るべくもない。
・・・推し量るべくもないのだが、ボクの猜疑心は一つだけ引っ掛かりを感じていた。
それは「二木佳奈多という少女が、善意や慈善という“ただそれだけの安易な感傷”によって、品評会に必要な食材の全てを葉留佳に手渡してしまうものなのだろうか?」という疑念である。
ボクには佳奈多を信じてもいいのかという部分で、わだかまりがある。卵の全てを葉留佳に渡した時の表情から、どれだけ葉留佳という妹を大切に想っているかを垣間見はしたが、「一度裏切られた相手をそう簡単に信じてもいいのか?」という当然の煩悶は、そう簡単に払拭できるものではない。
嫉妬もある。憎しみもある。葉留佳とボクの物理的な距離はこんなにも近いのに、深層で繋がれた姉妹の精神的距離には絶対に叶わないことを知ってしまった嘆きもある。
ボクは二木佳奈多が嫌いだ。
三枝葉留佳を見捨てて出て行った彼女が心底憎かった。
そういった個人的で、鬱屈した感情に流されて二木佳奈多を貶めているだけじゃないのかと非難されても、ボクは否定できないし、反論するほどの論拠もない。けれども、今まで『完璧』であることを冷酷なまでに継続してきた人間が、些細なミスと、一瞬の気の迷いから、自らの栄光に致命的な傷を付けるような悪手を指すとは―――ボクにはどうしても思えないのだ。
言いようのない不安が募る。
佳奈多が指した『悪手』という沿線上を走り続けるこの線路の終着点は、一体どこに向かおうとしているのか・・・。
ふと「また、介入してしまおうか?」という選択肢が浮かんだ。
佳奈多に限定すれば、ボクは物理的に彼女を押し留めることが可能である。先刻の一件で、ボクは三枝葉留佳の世界に組み込まれつつあることをイヤというほど思い知らされている。やろうと思えば今回の品評会をめちゃくちゃにしてしまう事だって絵空事の話ではないのだろうが・・・そんな衝動を実行に移せない理由がボクにはあった。
現実的な理由の筆頭にあるのが、これ以上の介入が葉留佳の世界にもたらす不確定要素が大きすぎるという点だ。佳奈多のこの場面でさえ、ボクが介入したが為に、過去の事実から乖離して展開されている平行物語なのか。それとも、ボクの介入は世界の進行には微塵も影響しておらず、過去の再現が同様に繰り返されているだけの近似値なのか。視聴者の立場から、ストーリーの登場人物へと変わりつつあるボクには、その判断がもうあやふやだ。
そしてだからこそ、恭助に報告できる基準を満たす『正確な情報』がボクの目の前から失われつつある今、深刻な状況でない限り、世界に影響を及ぼす可能性のある行動は極力控えるべきだろうと慎重になっていたというのが一つにはある。
そしてもう一つ。
ボクを押し留めさせている理由には、憎しみとは裏腹に・・・二木佳奈多を信じたいという気持ちがあった。
矛盾して聞こえるだろうが、ボクは二木佳奈多を“信じてはいない”。
けれども、三枝葉留佳が現状の絶望の中で、唯一すがる対象である彼女を信じ続けているという事実が、ボクの胸中に重く圧し掛かっていた。
三枝の為に裏で画策している佳奈多の姿を顧みたボクですら懐疑的な気持ちが拭えないというのに、どうして葉留佳はこうも無垢に身を預けていられるのだろうと悲しくなる。
佳奈多が暗に誘導した通り、葉留佳もボクのように二木佳奈多を怨んでいれば、こんなにも辛い思いは決してしなかったろう。信じているから、裏切られた心がいっそうの涙を流すのだ。初めから切り捨ててしまえば気持ちはずっと楽で、「あいつがいるから・・・!」と憎しみを向ける対象が存在することは、掛け値なしに人の心を様々な苦しみから解放してくれる。
それを―――ある一線でひたすらに持ち堪えている葉留佳を視ているからだろうか。そこまで葉留佳が想いを委ねているからこそ、ボクは佳奈多を信じてみたくなるのかもしれない。
もうこれ以上、葉留佳を裏切らないでくれという切実な祈りを込めて―――。
それとも、彼女は―――二木佳奈多は今回も葉留佳の心を裏切るのだろうか。
自分を妹に恨ませるという、ただそれだけの為に。
「何だその口の利き方は・・・!」
火に油。傷口に塩。原因と結果が綺麗に結ばれた数式と同様に、当然怒り出した上座の男は、形式“だけ”は完璧にこなした佳奈多の次の対応で、ぶよぶよに肥大化していた自尊心を傷つけられていた。
「気に触りましたのなら謝罪いたします」
「謝罪で済むか馬鹿者がっ!」
がたんと威切り立つ音と共に、『カオナシ』は紋付袴の右袖を肘まで捲り上げると、味噌汁の入った碗を掴んで佳奈多目掛けて投げつけていた。宙を舞った碗は正鵠違わず佳奈多の額にぶちまけられる。傍にいた連中が泡を喰って逃れたのとは打って変わり、佳奈多は避ける挙動すら見せなかった。
「・・・お姉・・・ちゃん・・・?」
熱湯を浴びた皮膚が見る間に赤く染まっていく。整えていた髪は乱れ、具材が服や顔に貼り付く様を、三枝葉留佳は呆然と見つめるしかなかった。
一部の隙もなく完璧であった二木佳奈多という姉が、このとき初めて無様な姿を葉留佳を前にして晒していたのだから。
それらを軽く拭って、佳奈多は静かに『カオナシ』と正対する。
「何たる羞じ知らず! その高慢! 強情! そしてその目! 貴様、どこのロクデナシに似おった!」
「それは私が言うまでもなく、伯父様の方がご存知かと」
今まで一度として口答えなどしたことのない女の明らかな挑発を受け、ただでさえ小さい堪忍袋しか持たない『カオナシ』は柳眉を逆立てる。
「―――このっ!!」
皿が飛んだ。鈍い音と共に右肩にぶつかった瞬間、佳奈多はわずかに顔を歪めて、自分を抱くように左手で肩を抑えてうずくまる。
追撃は止まらない。傍にあった名画、名器を手近なものとして片っ端から力任せに投げつけていき、やがて次の投擲物を探していた手が“空”ばかりを掴むことで、ようやく周囲の物を投げ尽くしてしまったことに気付く醜態を曝した『カオナシ』の姿は、何者にも増してボクを不快にさせた。それでも飽き足りない『カオナシ』は、身を乗り出して振り上げた足を、佳奈多の側頭部に何度も何度も振り下ろす。
「親子揃って反抗しおってからに! このっ! このっ! ―――おい! 誰かこの馬鹿をひっとらえろ! ゴミの分際で口答えなどとしくされおってからに!! 相応の処罰をしてくれるわ!!」
あまりの激昂故にか、「ひゅう・・・ひゅう・・・」と肺から洩れる老齢の疲弊を零しながら周囲の空気をまるで意に返していなかった『カオナシ』だが、二木佳奈多ではなく、“自分の肩を両脇からガッチリと拘束”された段になって初めて、呆けた顔を上げて仲間達を見回した。
「何のつもりだこれは!? おい貴様、この腕を放さんか!!」
必死にもがく『カオナシ』の動きを、身に纏った屈強な体格によって完全に拘束した二人の男は、馬耳東風とばかりにまるで聞く耳を持っていないようだった。強行を仲裁しようと腰を上げた別の『カオナシ』が傍の男に組み伏されたことも手伝って、ギャアギャア喚いていた『カオナシ』の抱いた焦燥感、不安といったものが周囲の人間にも飛び火する。
孤高で『カオナシ』に立ち向かう佳奈多の図式が出来上がっていただけに、敵役が入り乱れての様相は、正直ボクの予想した絵図とはまるで違っている。状況が不利だったとはいえ、やぶれかぶれだとしても、あまりに露骨な二木佳奈多の態度に首を傾げていたボクだが、ここに至ってようやく、一連の流れがある種の計画的な犯行の元に進行していた『茶番』である可能性にはたと気付き顔を上げた。
この事態に一枚噛んでいると思われる佳奈多は、顔を伏せて沈黙を押し通している。彼女から表情を読むことを舌打ちと共に諦めると、ボクはまずはざっと辺りを見回した。
逃げ惑う火事の現場のような中で、冷静を帯びている集団がいた。不測の事態に対応できるよう、中座の姿勢で構えている男達が林立する中―――胡坐をかく『カオナシ』の男が一人、口元を吊り上げて静かに笑っている。
「歳を召されて耄碌しましたかな御大? 代々“我が家”に継承されてきた名品を粗末に扱われるとは」
丁寧な言葉には嫌味がみっしりと含まれている。訛りや癖のない言葉使いは、世間一般で見れば没個性の中に埋没してしまうのだろうが、三枝の家で使われる灰汁の強い訛りが逆にこの『カオナシ』の言葉を際立たせていた。
「我が家・・・? 三枝の家を『我が家』と申したか? 分家の小倅風情が!」
行動が制限されていることよりも、相手が口にした言葉の意味の方が大事らしい。飲み込めなかった事柄をようやく咀嚼し終えたといった顔の老害は、呆れるというよりは相手の至らなさを咎めるように語気を強めている。
こちらが耄碌した古狸なら、二木の家の男は猛禽類に例えた方が良いだろう。研鑽された雰囲気は、比較すると超えられない“人物”としての差を顕わにしていた。飄々としていながら、隠していた爪を唐突に相手の咽喉元に突きつけたことで、二木の『カオナシ』はそれを証明する。
「分家?・・・・はて、奇怪な。分家はあなたがた三枝の方でしょう。この家は先ほどから二木の所有物ですよ」
「・・・・・・何を云っている・・・?」
困惑する老人に、二木の『カオナシ』は困ったように首をすくめた。
「品評会の会食中にどうやら御大は突然、ご乱心されてしまったようなのです。数々の家宝をぶちまけるという分別を欠いた行動に、我々は御大が気が違ってしまわれたのだと慌てて取り押さえ、掛かり付けの医師に診せた所・・・。残念ながら、『ここ』をやられてしまったようで」
自分の頭部を指し示し、おいたわしいとばかりに首を振り終えると、男は懐からなにやら紙切れを取り出した。
「医師に相談したところ「もう治る見込みはない」と、このような診断書を渡されてしまいました。あまりに酷い有様に、面談も医師の了解のない限りは通さない方が良いだろうと大多数の可決を得たものの・・・今後の方針を決議するに当たって、直ぐにでも御大の代わり―――『家長』を選出しなくてはいけないという窮地に陥ってしまったのです。それによって推薦、および賛成多数の結果・・・不肖ながら、わたくしめが本日より、この家の家長として全てのまつりごとを取り仕切ることに相成りました」
既に起こってしまった事実であるかのように語る『カオナシ』は、これで終わりとばかりに顎をしゃくると、両サイドの二人は、拘束していた『カオナシ』を事も無げに引き摺り始めた。
「なんだ!? なんなんだこれは!!!」
「佳奈多が出した料理をご覧になったでしょう? 『メインディッシュを出すまでもない』。貴方はもう町の名士でもなんでもないのです。気が違ってしまって、この家の最奥で残りの余生を過ごすだけの、ただのモウロクジジイと成り果てました。今後の振る舞いにはお気をつけ下さい。・・・まぁ安心してください。死ぬまではちゃんと面倒を診て差し上げますよ。一生、陽の目を見る事はありませんがね」
「それが! それが許されるとでも思っているのか!!? こ、この私を―――!!」
「許されますね。幾度と繰り返された品評会で、既にこの件は“二木”の佳奈多で明白でしょう? 血を継承することのできなくなった一族が、未だに威張り散らしていた先刻までの方が『異常』なのですよ」
うろたえた元家長は、すぐ傍に座っていた掛かり付けの医師の名を絶叫する。「馬鹿な」「ありえない」「ふざけるな」「今すぐ私が健康体だと証明しろ」という、悪態と懇願とが奇妙に交じり合った数多の言葉を駆使して、今の地位を奪われまいと必死にすがり付いていた。
白衣を着ていた『カオナシ』は・・・無言で俯いている。
それが―――全てを語っていた。
どういう手段で篭絡させたのかは知らないが、三枝の人間に外縁から手を回して味方に付けていたのだろう。ある程度の人数が集まったことで落城可能と判断した二木の家のこの男は、裸になった城主の首を狩る為の屠殺場として、この品評会を選んだだけの話なのだと思うと納得がいく。
もっとも、首がすげ替わろうが、この家に憑いた悪意が晴れるという事は決してないだろう。今も何が起こっているのか理解し切れていない三枝葉留佳が、現状から多少はマシになる事はあっても、蔑ろにされる環境から脱却されない事が目に見えているだけに、ボクの思考は奇妙に醒めていた。
下らない―――
手中にしていた利権やら権威やらが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを耳にでもしているのか、あきらめ切れない『カオナシ』は、三枝の家の男達の名前を順に呼んで行くが、帰ってくる言葉は『無言』ばかり。襖の奥に消えるまで、悲痛な悲鳴が木霊していたのをその場にいた全員が聞いていた。
果たして、この男達は現実世界でどんな顔をしていたのだろう。それを拝もうにも、面に塗られた漆喰は未だ黒く男達の下種な顔を覆っている。
今や家長となった二木の『カオナシ』はその結末に満足げに肯くと、残された三枝の男達に向き直った。
「さて、これで悪性腫瘍の除去手術は成功しましたな。こうも短期間で無事終えることが出来たのも、皆々様が我々の根回しに賛同して頂いたお陰です。まことに有難うございました」
抵抗する一部の『カオナシ』達が駆逐されていく中での儀礼的な挨拶と、「いやいや」と応える『カオナシ』たちのやり取りは滑稽以外の何物でもない。
自分の身の振り方を心得ている者はペコペコと同調し、どうしていいのか未だ判断を迷っている者は、右往左往に辺りを窺っては無用な時間を磨耗させていく。
不動の地位を確立していた者ほど、連行された『カオナシ』と同様にこの馬鹿げた芝居を中止させようと喚き散らしていたが、絶対的な人数の差は感情論で埋められるほど容易なことではない。数人に押さえつけられると返り討ちに遭い、無様に畳の上で私刑の憂き目を被って、わなわなと打ち震えていた。
自分達が甘受していた恩恵が、これほどもろい地盤の上に建造されたことなど露ほども疑っていなかったのかもしれない。落城と共に放り出された先にある将来を見据え始めた『カオナシ』の中には泣き崩れるものもいた。
同情心が微塵も湧かないのは、彼らがしてきた悪行の数々に与えられた当然の罰として映るからだ。三枝葉留佳に対して行ったほんの僅かばかりの痛みを与えられた程度で、この連中は何をそんなに哀しまなければならないのだろう。
外野の群れを眺めることに飽きたボクは、一通りの演説を済ませ終えた二木の家の『カオナシ』と同様に、蹲っている佳奈多を見ていた。彼の片棒を担いで、この筋書きに華を添えたと思しき佳奈多をだ。
「佳奈多、お前も良くやってくれた」
その言葉に、どれほどの重みがあるのだろう。
自分もほんの些細なきっかけで崩落するであろう土台に地位を築こうとしている男は、ようやく手に入れた栄華に酔っているのか、上機嫌に口元を緩ませている。
奢る平家は久しからず。この男もいずれ、同様にあっけない終焉を迎えるだろうことを象徴するかのように、労いを込めて肩に向けて延ばされた手は―――佳奈多の拒絶で空を切ることになる。
一瞬、『カオナシ』の口の端が引き攣ったのをボクは見逃さない。そして、それは佳奈多も気付いたろう。俄かに立ち上がると、言い繕う様に言葉を切り出していた。
「伯父様。私、着替えてきます。こんな汚らしい服に触れて万が一にでも伯父様の服が汚れたら申し訳が立ちませんから」
佳奈多に水を差されて、せっかくの祝賀気分を害された男の機嫌は容易には直らないだろう。だが、この程度でダラダラと不満を燻ぶらせることの無益さも熟知はしているようだ。対外の印象を意識してだろうが、一応の寛容さを示して佳奈多と接することを選んでいた。
「・・・まぁ、確かにその格好でいるのもみっともなかろう。女中を呼んでくるから適当に見繕ってもらいなさい」
「いいえ、伯父様。女中を呼ぶ必要はありません」
そういうと、佳奈多の目は静かにある一点に固着された。
瞳の先にあるのは三枝葉留佳。
向けられた視線の意味に気付かず、双子の妹はキョトンと首を傾げて姉を仰ぎ見ていた。
「ここに居ますから」
あとがき
昔々、公式のテンプレが変更される以前、リトバス発売前・・・スタッフ日記の方にある記事がうpられました。書いてあったのは『リトルバスターズ!』がどのような粗筋なのかという簡単な話だったのですが、その時、そのスタッフの方は「リトルバスターズ!のタイトルロゴに猫がいることからも分かるように、猫が物語を動かす鍵となります」的な話をしていました。
管理人はそれを額面通りに受け止め、現在書いているSS的な内容を想起しては発売日をまだかまだかと待っていた時期がありました。結局、予想していたのとは違いましたが、管理人が人生で初めてSSを書くきっかけとなった記事は、こうしてkey公式テンプレの更新と共に消滅してしまいましたとさ。
二ヶ月ぶりの更新となります(汗
リトバス二次創作考察SSの12回目。恐らく前作まで読んでいた人も、あまりに遅々とした更新にあきれ果ててかなり減っていることでしょう。そして予告したクライマックスまで書くはずだった三枝&二木の過去の話は半分も進まず、レノンの心理描写に多量の文章を奪われる結果と相成りましたorz
すんませんorz
ともあれ、ようやくの再開となりました。クドフェスで長々とクド視点の文章を書きつらねておりましたが、自分はやっぱりクドというキャラクターで一人称の文章を書くのはかなりのストレスだったんだなぁと、レノン君の心理描写を書いていてつくづく思いました(爆
比較すれば分かりますが、自分の素を殺してクドの性格に合わせて文章を書いているので、活字の流れを作るに当たって相当の制約が生じて・・・それが結果としてスランプの原因になっていたのかも。
まぁ、その辺の話は置いといて。
『卵アレルギー』に関連したバックボーンはかなりの枚数を費やしてやっていくべきだろうと覚悟が完了しました。原作との整合性を持たせつつ、ガッツリやっていく予定ですので、佳奈多の言動にご注目あれ。今回の種明かしも次回に持ち越してチマチマやってきます。
いつもながらですが、感想やweb拍手とかは管理人のやる気をかなり向上させますので、面倒でなければ拍手を押してもらったり、感想を頂けると嬉しいです。
・・・・こんだけ放置した癖に図々しい事この上ない発言だなぁと思いつつ。
でわ、次回またノシ




コメント
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[] # | 2008年03月23日 15:34:12 [修正]
お返事
>この先カオナシたちにももっと大きな苦しみがきて、価値ある貴重な葛藤になるのか?・・・ってやさし過ぎる考えですね・・
恭助的に言うならば「その答えはこの世界には存在しない」と云った所でしょうか。
現実世界の方では少なからずマトモな人もいたとは思うんですけれども・・・三枝葉留佳の世界は、ある程度の介入が存在しているとはいえ、基本的には「アレ」な世界ですから。
まぁ、でもこれがきっかけで『カオナシ』の方でもキチンとした対応というか動きがありますよ(・∀・)
>覚悟を決めたのにまた揺らぐという描写や、レノンの佳奈多への(というか自分への?)心情、「現実的な分別を要しているからこそ〜」などの表現は、ちょっと10代の若い人にはできないかもしれないですね。
いや、これは単純に管理人の構成力不足でs(゚ω゚;三;゚ω゚)ノ('・×・`)
・・・この辺の真意はさておき、基本的にレノン君は頑張れる子なので、近々鬱屈したこの状況を(管理人により検閲削除されました)
かみかみ [URL] #wyPnW/yE | 2008年03月24日 21:48:52 [修正]
計算尽くか、あるいは途中まで意図しなかった展開だったのかはともかく、妹と正対する機会を得た佳奈多。はてさてここからどのように引っ張っていくのか……と想像して悦に入るのがやっぱり長編の醍醐味ですよね。
お忙しいとは思いますが、まったりふぁいとですー。
神海 [URL] #cRSUyBrY | 2008年04月09日 14:48:22 [修正]
コメント感謝
>計算尽くか、あるいは途中まで意図しなかった展開だったのかはともかく
ちゃんとした伏線も書く予定だったんですが、付けたし感バリバリになってしまたので途中で破棄して、この辺の具合は読み手側に一任しました(汗
しかし意図してやったとはいえ、予想以上に初期設定から世界観が変容しているので、キャラの変化や心情の開示を徹底していくと想像以上に描写がしんどいですわ(汗
ただでさえ物語の進行が遅いので、これからは読者に想像の余地を残して進めていくというやり方も、管理人は学んで行くべきでしょうね('・ω・`)
次回はいよいよ佳奈多の心情をばりばり書いていきますよ!
・・・といいつつ、もうこれを書いている時点で既にうpしてるんですけどね(汗
かみかみ [URL] #wyPnW/yE | 2008年04月13日 10:17:03 [修正]