かみかみ神谷の凸凹にゃんにゃん

記事枠

個別エントリー

スポンサーサイト

コメント↓

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。

ページトップ↑

--:--:--   スポンサー広告  | コメント(-)  | トラックバック(-)

2011年09月18日 (日)

西園某の肖像―02話―

コメント↓


     2  西園美鳥 は おもねらない


「さて、ここで少し話を戻しましょう。そもそもビリー・ミリガンが23人もの人格を有するようになったのには、彼の幼少期の義父による虐待が原因とされています。身体的、性的虐待を何年にも渡って被った彼は、その過程で自分の記憶が飛び飛びになっている事を後に供述しています」

 そういって黒板に記述を終えた講師は、プロジェクターで投影されたパワーポインタをスライドさせ、次の画面を映し出す。大写しになったのは、髪を肩まで伸ばした好青年の荒い白黒画像。欧米人の特徴であるハッキリとした輪郭は、なかなかの美形と評して差し支えあるまい。3人の女性に対する連続強姦及び、強盗の容疑で逮捕された直後のビリー・ミリガンの有名な写真のはず。簡単な略歴と共に、消沈した顔で俯いている彼は、その罪を後悔しているようにも見えるし、捕まってしまったヘマを嘆いているようにも見える。

「あずかり知らぬ記憶、気づけば何時間も経過している世界。自分が狂っているのだと諦観した彼は、17歳の時ビルから飛び降りるも、幸か不幸か。他人格のレイゲンによって助けられてしまいます。これを切っ掛けに、肉体的死に追いやろうとした主人格のビリーは、長い間眠らされることとなるのです」

 面白そうなので履修した『ダニエル・キイスとビリー・ミリガン』であるが、ぼちぼち授業の半ばを越えようとしているのに、未だビリーの紹介レベルを往来しているのはどうしたわけだろう。あたしにとっては既読作品ゆえ、人物紹介には今更感がぬぐえない。これがもう少し人物の掘り下げを主眼にしているなら面白い授業になったんだろうけれど、この教授の講義は外れだなぁ。
 眠気に負けそうになる自分を叱咤するように、こじんまりとした座席でくっと伸びをして脱力。そのままズルズルとお尻を滑らせ、集中力の切れたあたしは、バッグに入れていた先日の写真を思い出してもぞもぞと取り出した。

「……どう見ても覚えがないんよねぇ……」

 あたしと周囲の人たち。それからこの密集人口。建物の中なので外観が良く分からないのが惜しい。どこか有名な場所か何かなのだろうか。これだけ人がいるなら分かりそうなものなんだけれど……。
 う〜ん、と唸っているところに、「やっほ」と遅れてやってきたC香が隣の席に着席する。単位に出欠の有無が絡まない講義だとこんな調子でいつも遅れてくる。優等生な外見も幸いし、立ち回りも巧いから試験やレポートに関してはそつなくこなしている。憎めないキャラなのがまたズルイ。

「なあにこの写真? ……去年の夏コミ?」

 何の気なしに呟いた、C香の思わぬ情報に「えっ」と声が漏れる。それに気づいていないのか、C香はノートを取り出しながら、興味深そうにあたしと写真を交互に見比べている。

「姫もこんなの好きなんだ。ひょっとしてオタク? だとしたら、ちょっと意外〜」

「何なの……これ?」

 おずおず訊ねてみたら「コスプレっしょ? クラナドの」と即答されてしまった。

「倉など?」

 あまりにも無知を晒したのか、怪訝な顔が、困ったような不思議そうな表情に軟化する。「ホントに知らないの? 「クラナドは人生(キリッ)」とかネットでよくあるじゃん」などと実に多彩な顔芸を披露してくれる。
 ……こんなC香は初めてだなあ。同類を見つけたような目で見られるも、残念ながらあたしは何も知らないぞ。
 ん? いや……。蔵等……クラナド……。

「あー……なんか聞いたことあるような、ないような」

 友人からの勧めでミクシィやらツイッターやらに登録して、ぼちぼち日記や呟きをする程度にはネットを嗜んでいるあたしである。暇なときに無作為に閲覧しているとそういった類のと遭遇することはママあるものだ。

「あれの作品で出てくるキャラで藤林姉妹っていうの。勝気な方が杏、逆に内気なこっちの娘は椋ね」

「へぇ〜、これがその……」

「いや、でも良く出来てるねこれ……。あたしもこういうのはネットで見る専の素人で齧ったばかりだけだけど。画像弄ってないのでこんな綺麗なレイヤーさんってのは初めてかも。特にこっちの椋のコスプレした娘。初々しさというか何というか……うわぁ、ちょっとツボだわ。外見だけじゃなくて、キャラの心理をまるっと投影した上での照れモジをやっているなら、ある意味で最強よねぇ。レイヤーとしてすっごい有名な人じゃないのこれ?」

「いや、あたしも良く知らないけど……」

 C香が指で指し示す少女は確かに出色である。
 写真に並んだ少女達はどれも造形、プロポーションの段階で一般のあたしらと比べてダンチで。さらにレイヤーの中でも頭抜けたクオリティであることは確かであると彼女は熱弁でもって付け足すけれども。どうにも藤林椋というコスプレをした彼女だけは別格らしい。
 まあ、一目見たときから、あたしもこの少女だけには注視してしまう事を自覚していた。外で会ったらまず印象に残る容貌だろう。他人の外見にこれほど衝撃を受けたのは生まれて初めてのことかもしれない。あたしのファンクラブの事は正直よくわかんないけど。同性に対する憧れや尊敬で、そういうものを作ってしまう気持ちはこういう娘を見ているとなんとなく理解できるかも。応援したいような、ずっと眺めていたい魅力っていうか……。

「こういう娘なら、確かに好きになっちゃうかもね……」

「ん?」

「……え?」

 無自覚的に口をついた発言にあたしは慌てた。いや、実をいうとあたし自身、何を言ったのか覚えていないんだけど、C香の表情を見れば何かひじょ〜にマズイ事を言ってしまったのはどう好意的に解釈しても確実っぽいのだ。

「……まあ、人の趣味はそれぞれよね。目の前にこんな娘がいたら私でも抱きついちゃうかもしれないし」

 「いや、ちょっと待て」なんだその危ない発言は。

「あ、でも私にそういう趣味はないから。いくら私が可愛いからって変な気を起しちゃだめよ?」

 ぶりっ子染みた挙動で、人差し指を頬に当てても別に可愛くはないからな?

「だから違うって。ていうか自分で可愛いとかいうな」

 講師にバレない程度には気を遣って声量を落としていたけど、終業のチャイムと同時「うふふ捕まえて御覧なさい、るっぱ〜んっ」などとC香は絶好調だ。
 こいつもう、既にあたしの事をオタク仲間として認識してね? 自分のキャラをおおっぴらにしても良い相手と思っているようだけど、何度も訂正するようだけどあたしは違うから。ていうか予想斜め上に痛い子だったんだなぁ、この娘。
 「これが噂に聞く隠れオタクという奴か」などと感慨に耽っているわけにもいくまい。このまま変な誤解をされたままじゃ、あたしが困る。というか、写真について有力な情報を持ってそうな輩がこんなにも早く見つかったのだ。ここで聴かない手はないだろう。

「ちょっと待ちなさいっ」

 出口へ駆けていくC香に追いつこうとするあたしだけど、バッグに筆記用具を詰め込みながらで注意力散漫になっていたのが災いした。
 教壇を起点に扇形のすり鉢上をした講義室は、出口までに結構急な段差を上る必要がある。そこを2段飛ばしに駆け上り。最上段まであと少しの所。講義を聞いていた生徒が床に置いていたと思しきバッグの紐が、あたしの靴に引っかかったのだ。
 あっと思った時には遅かった。
 平均気温26℃という中、グラサンにマスクに黒帽子の、最後列に座っていた何だか胡散臭いグループの塊に蹴っ躓いて突っ込んでいた。

「痛っ……たぁ……っ」

 鼻をぶつけてしまい、ちょっと涙声。んでもって身体はあちこち痛いけれど、ぶつかった相手がクッションになってくれたお陰だろうか。下敷きにしちゃった相手から速やかに退くくらいの動きが問題なく出来たので、怪我らしい怪我はないみたい。

「すいません。怪我とかないです?」

「い、いえ……っ!」

 散乱している帽子やらグラサンといった品々を回収して謝罪してみたものの、未だへたり込んでいる相手は、立ち上がらせようと差し出したあたしの手を掴もうとはせず、ただひたすらに手で顔を隠している。

「?」

 普通は押しやられた時点で、もう少し怒ってもいいはずなのに。気の弱い人なのだろうか。「わたし達怪しい人です」という空気を醸した女性は、ぶつかった拍子にグラサンが外れ、マスクもずれてしまって、指の間からその素顔を覗かせていて、

「………………あれ?」

 断じて知人ではない。
 けれど、ひと目見たら絶対に忘れられそうもない飛び切りの美人。この人、どっかで見たような……と、確証もなく思いつきで取り出した写真で「あ」っと声が出た。
 彼女は慌ててマスクを直しているけれど、見比べてみれば一目瞭然だった。

「あ〜っ! 人生の藤なんとか姉妹の妹の方のコスプレ女っ!」

「やめてっ! 聴衆の面前で他人のオタク趣味ばらすのだけはやめてっ!」

 ほとんど涙目で悲鳴を上げる少女に、あたしの指は無情にも審判を下す。

「なんだっけ? コスプレは人生?」

「びくんびくんっ」

 うわっ、なんか痙攣しているよこの娘。

「……コスプレ」

「びくびくんっ!」

 ……やばい、なんだろ。これすごく面白い。てか本物だよ。何でこの人ここに居るんだろ? 他学部の娘なのかな? それにしてはこの講義で見るの初めてだよね?
 この調子でもう少しいたぶってあげたかったけれど、横合いからコスプレ女の仲間が「やめて、理樹君のライフはゼロよ!」とあたしの嗜虐趣味を止めに入った。

「あ、写真に映ってたコスプレ女その2とその3」

「モブ扱い!?」

「酷いですわ! 経歴としてはわたくしの方が直枝理樹より上でしてよっ」

 キンキン声がいやに響く。というかなんなのこの人たち? 4人とも超が付く美女なのは認めるけれど、さすがに言動的な残念感が如実に漏れ出ているのは頂けない。
 ……いや、まてまて。よくよく考えたけどやっぱおかしい。ウチの大学にこんな生徒いないでしょ? 普通にあたしより目立ってるし。キャンパス内にこんなキャラが居たら、あたしのファンクラブが出来る前にこっちの方が先に出来るっしょ常考。

「…………」

 しかしこの状況は無性に恥ずかしいな。C香に続いて「やいのやいの」と暴れてくれたせいで、講義を終えて出て行こうとしている生徒達の注目をあたし達は一身に集めてしまっている。
 !? ちょっとそこの女子! 蔑んだ目であたしを見ないでっ! あたしはこいつらと同類じゃないんだからねっ!

「なあに、この子たち。姫っちの知り合い?」

 ブルータス……もといC香、お前もか……。てかいつ戻ってきた。

「自覚はないけれど、ひょっとするその可能性も否定できない程度には知り合いかもしれないわ」

「……その表現は意味不明だわ」

「それについてはあたしも同意見よ」

 自演乙っ!
 いやいやいや。そうじゃなくって。
 まずはこいつらを引き連れてどこか人目のつかない場所に行かないとっ。わけの分からん事をまくし立てているこいつらを見ていると、本音を言えばこのままとんずらを決め込みたいところではある。
 が、聞きたい事は山ほどあるのだ。講義棟でどこか空き部屋があれば、そこで何としてでもこの写真について問いただしたいところではあるけれど。
 あったかなぁ……。空き部屋。



    * * *



 講義棟にそうそう空き部屋なんてあるとは思っていなかったけれど。Sガーデンのボックス席くんだりまで来なければならなかったのは、何にも増してこやつらの暑苦しい怪しげな格好が原因である。
 学生食堂、図書館、コミュニティ・スペース。キャンパス内のどこへ行っても、胡乱気な視線に晒されたのにはホント困った。人目のつかないボックス席のあるここは、そういう意味では一番落ち着ける場所だけど、そのぶん値が張るからできれば避けたかったんだけどなぁ……。

「……はぁ」

 しかしサラリーマンじゃあるまいに、6月のこの時期によくもまぁ、と改めて眼前の4人を検分してしまう。
 1人はリーダー格と思しき女。どこぞの劇団花組にいてもおかしくないような凛とした佇まい。何も言わなければ一流女優といっても通じそうな雰囲気を醸している。胸元に垂れたちちも、その一流に恥じぬ規格外ぶりだ。こちらのコンプレックスを刺激するそれをたわわに揺すったかと思いきや、腕を組んで露骨に誇張している。
 ぐぬぬ……。

「それにしても久しぶりだよねぇ。元気にしてた? 失踪したときは最悪の事態も考えたりしたんだよぅ」

 こちらはモブっ子A。道中で紹介されたが神北さんといったか。くりくりっとした愛らしさと、華のある笑顔はなかなかのもの。しかしゴスロリ趣味なのか、1人だけゴテゴテのフリフリな黒服をもっちゃりと着ており、それがあまり似合っていないのはいただけない。
 なにやらあたしと面識のあるような話し振りであるが、当然の事ながらあたしはこのモブっ子Aを存じ上げていないので「失踪? 誰が?」と自然、つんけんな口調になってしまったのは御容赦いただきたい。
 しっかし、中等部の頃、厳格な親の「あれはだめ」、「これはだめ」といった制約に耐えられず何度か家出をしたことはあったが、失踪などというご大層な高みにまで登りつめた事は一度だってありゃしない。ムカついて家出して、友人宅に転がり込むようなささやかな反逆の程度をもって、モブっ子Aが「失踪」などと称していないことくらいあたしだって分かるけど……。
 「やだぁ、西園さんッたら冗談ばっかり〜♪」と冗談めかしてころころ笑うモブっ子Aだが、やがてあたしの無愛想な反応に真顔になると、隣のモブっ子B、Cと目配せを交わしている。

「……やっぱり……記憶喪失……」

「いなくなる前からどうも様子がおかしかったが……」

「だからわたくしは、しばらく様子見すべきだと言ったのですわっ」

 各人が唸ったり首をひねったりして内密なひそひそ話。あたしだけが蚊帳の外だ。
 ……何かムカつくなぁ。当事者はあたしなのに、こいつらはあたしに聞こえないようにごにょごにょとやっている。あたしだって聞きたい事は山のようにあるんだからいい加減にして欲しい。そして何よりも気に入らないのが、さっきからあたしを指して「美魚」、「美魚」と言っていることだ。

「ちょっと。私は西園美鳥よ。美魚じゃないわ」

 すこし威圧的な態度であたしが訂正してやると、明らかな困惑が4人の顔に如実に現われる。いったい全体、なんだっていうのよもうっ。
 しばらくのこう着状態に痺れを切らしたのか、リーダー格の例の女傑が、仲間の動揺を抑えた後に友好的な笑みを繕ってくる。

「まずは自己紹介からした方がいいかな。私は来ヶ谷唯湖、こちらの3人は神北小毬、笹瀬川佐々美、直枝理樹だ。短大だったり、専門学校だったりと違いはあるが、みな関東圏で日々勉学を学ぶ身の上だ」

「……西園美鳥です」

 儀礼的な挨拶を交わし、舐められないよう、あたしはしゃんと背筋を伸ばす。随分と華やかな美女に囲まれているこの状況は、男なら大層喜んだでしょうけれど。

「先日届いていた封筒から察するに、あなた方が【流星4姉妹】でいいのかしら?」

 あたしからすると念のための確認作業のつもりだったが、その疑問は意外にも微妙な空気を生み出した。

「……ええと、それってボクも4姉妹の1人に加えられているってことなのかな?」

 直枝理樹と紹介された娘は、なにやら口元を引き攣らせている。なにが不満なのかしらないが、あたしからすればそのボクっ子発言の方がビックリである。
「やったね理樹君!」とは神北小毬。何がどうやったのかは分からないけれど「もう好きにしてください」と、がっくり肩を落とした彼女の様子を見るに、あまり心良い話題ではなかったようだ。

「……?」

 怪訝そうにあたしが注視している事に気がついたのか。ゲンナリしていた直枝さんは、顔を赤らめて視線を逸らしてしまう。
 ほむぅ。ボクっ子というのは初めてみるが、世間一般的に認知されているところの「男子に憧れるボーイッシュな少女」ではなく、こういう線の細い美少女が使うと……なんだろう。容姿とのギャップに心地の良いこそばゆさが口元をへにょらせる。
 そういう趣味はないんだけどさ。同性から見ても破壊力高いんだよね。その辺のアイドルよか、よっぽどアイドルみたい。

「何はともあれ、美鳥君が無事封筒を見てくれたようでこちらとしても安心したよ。これで私としても随分話がし易くなった」

 横合いからの言葉に我に還る。紹介された名前をど忘れして、思い返そうとあたしは暫くへどもどしてしまう。

「ええと、来ヶ谷……さん?」

「タメ口で構わんよ。歳は一緒だ」

 フランクな来ヶ谷さんの態度に平静を取り戻すと、あたしはかねてからの疑問を口にする。

「何なんですあの写真? 映っているのは間違いなくあたしなのに、あたしの記憶では、あなた方を含め全く覚えがないんですけど」

 そうだ。あたしはそれが知りたくてここに居る。
 あんた達とあたしの接点なんて全く身に覚えがないのに、あんたたちはあたしを知っていて、あたしだけがあんた達を知らない。その不条理と矛盾にすり合わせをして、納得するための説明をあたしが求めている事くらい、便箋の文面から察するに、あんた達だって折り込み済みの展開なんでしょう?
 ……だというのに、

「我々も何が起こったのかまるで判っていない、というのが正直なところでね。できれば君の方からまず事情を聞き出したいところだが……」

「……それってどういう意味で言ってるんです?」

 思わぬ意趣返しに、唇を尖らせて不平を漏らすと、隣から平板な胸板と言葉があたしに突き刺さる。

「言葉どおりの意味ですわ。申し訳ありませんけれど、名前を偽って他人の振りをしているって線は捨ててませんの、わたくし」

 1人、敵視しているような視線。あたしなんかよりもよっぽど高笑いが似合いそうな高慢ちきなお嬢様みたいな人だ。確か笹瀬川とか云ったっけ。

「今更ひとりだけ足を洗って、一般人の真似事をしても無駄ですことよ。どうせ以前の私と同じように、こちらに戻らざるを得なくなるんですからっ」

 かみそうなフルネームばりの辛辣さで、随分な台詞を吐いてくれるじゃない。初対面の相手にこんなに嫌われる覚えがないだけに正直ムカつくんですけど。てか偽名とか、足を洗うとかってなにさっ。

「まあまあ、佐々美君も抑えて抑えて」

 サ行のさの字さんを宥めすかし、来ヶ谷さんはこちらに向き直ると「高等部時代に我々は知人……いや、親友同士だったと言ったら君は信じるかね?」と神妙な顔であたしに尋ねた。

「信じるはずないでしょう。あたしの高等部時代の記憶に、あなたたちなんて欠片も存在しないもの」

「では我々と一緒に映っている写真はどう説明するのかね? 我々と君がどこかで接点があったはずだという事実は、君自身も内心では認めてはいるのだろう? でなければ、君がここに我々を誘うはずがない。……違うかね?」

 そりゃあ、そうなんだけどさぁ……。
 あたしこと西園美鳥と、彼女達が口にする、便箋でも言及された西園美魚。
 彼女とあたしを同一視すべきなのかは迷う。写真から雰囲気が異なる感じはあるけど、姿形はまさにあたしそのものといって良い。けれど西園美魚の側の事情をあたしは知らない。あたし(美鳥)の事を彼女達は全く知らない。姉妹でもなければ、親類縁者という訳でもないあたしたちに横たわった溝は随分と深い。いっそのこと、他人の空似と断言できれば、随分さっぱりできるんだけど……。
 あたしの思考がパンクしかかっているのが見て取れたのだろう。この状況にひとまずの折り合いをつけて、少しでも前に進むべく、来ヶ谷さんはひとつの助言をあたしに提示する。

「過去の是非はひとまずおくとして、手持ちの情報交換するのはどうだね? まずは我々から、その写真に映った西園美魚という人物について開示する。答えられる範囲についても答えよう。それで君が満足するようであれば、できれば君の方で持ち合わせている君の来歴について教えて欲しい」

 フェアな取引のようでいて、正直、胡散臭さを拭えないけれど、

「……分かった」

 こっくりと頷くも「ただし」とあたしは釘を刺す。

「あなた方の説明で納得したらよ」

「……信用できないと?」

「信用できるだけの交友を深めていない相手に、信用を口にされても困るわ」

「君にとっては……そうなんだろうな」

 来ヶ谷さんの寂しげな表情に、あたしは虚を衝かれて動揺しそうになる。けれど、少しオーバーにソファにふんぞり返って「話だけは聞いてあげる」的な振りをしてどうにかその場をごまかすことには成功した。……と思う。

「さて、じゃあどこから話そうか……」

 そうして口火を切った来ヶ谷さんが云うには、西園美魚は高等部時代にリトルバスターズという小さなグループで知り合った仲だという。野球サークルのノリの小規模グループだったようだけど、それとは別に仲間内で趣味がオタクなことが判明した眼前の4人+西園美魚は互いの交友を深めていき、当初は別々に分かれて活動していたサークルを合併。やがては同一サークルとして活動をするようになったという。

「それが流星四姉妹?」

「笹瀬川君と理樹君のようにコスプレをメインとする輩もいるから、どうまとめるかは難しいところだがね。仲良しサークルの集いがそれだと理解してもらえれば、そう間違った認識にはならんよ」

「そ」

「私と西園さんは、どちらかというと商業よりだけどね」

 横合いから口を挟んだ神北さんの台詞を軽くスルーしようとして、ふとその名詞の違和感にあたしはしばし黙考する。

「しょうぎょう……」

 なんだろ。非常に聞き覚えのある単語のような……。

「……って、商業!?」

 絶叫するあたしに神北さんはのほほんとした笑みで頷いた。

「うん。私と西園さんはBL系の小説家なんだよぅ。これでも知名度はなかなかのものだったりするんだからっ。私のペンネームがまんこ☆ろりんで、西園さんはド級戦隊☆脱糞才女。みんなからはダッぷんって呼ばれていたね♪」

「うわぁ……」

 思わず両手で顔に蓋をして死にそうになった。なんぞその糞尿ネーミングは。

「ああ、ダッぷんで思い出したが……」

 そう云って、来ヶ谷さんはボンヤリとわたしの顔を見つめるが、しばらくすると「いや、君には関係なさそうだ」と何やら1人で納得してしまった。

「……?」

「あ、ちなみにこれ、先月私が出した新刊なの。良かったらどうぞ」

 と、にこやかに差し出した神北さんの本に視線を向ける。
 一見すると絵柄は良くも悪くもありがちな少女漫画風。けれど、整った顔立ちの美少年と美青年が裸体をくねらせ、互いに向き合っている。半ば口を開いた少年は、薄倖そうな顔で嫌悪の色を浮かべ。悪そうな起業家然とした青年に指で顎を押さえられている。唇は今まさに触れそうなほど迫っており、背徳の雰囲気を醸す為か、幾筋もの鎖が2人を絡め取っていた。
 タイトルは『俺のペット2』。
 色々と容易に想像でき、なおかつ程好く頭の悪いセンスに、あたしの頬がひくりと痙攣する。そんなあたしの様子に気づかず、神北さんはバッグから更に数冊、同じレーベルからの書籍を取り出してテーブルに並べ立てる。あんた公衆の面前でその絵柄を見せびらかすのはやめれ。こっちが恥ずかしくなるわ。

「ちなみにこれが西園さんの『食糞』シリーズ。私の『俺犬』シリーズと並んでBL……う〜ん、グロかなぁ。とりあえず、こっちの方面では結構有名な作品だよ。そろそろ新刊が刊行されるんじゃないかってみんな期待してたんだけど……」

「そのダッぷん氏は失踪した、と」

 シリーズ名にはあえて言及せず、あたしはあらぬ方向へ向かった進路を整えるべく面舵いっぱい舵を切る。それに来ヶ谷さんが上手く乗ってくれた。

「失踪したのは今年の2月だ。「旅に出ます」という置き書きだけを残して、彼女は何処とも知れずいなくなったのさ。こちらも独自に探してみたんだがね。行方知れずになってかれこれ4ヶ月経とうというのに、彼女の足跡は分からずじまい。緘口令を敷いていた出版社も、長編の新作が予定日になっても発行されない事に、ファンからの苦情で真綿で首を絞められていてね。これはそろそろ事情を公開しないと不味いんじゃないかという話になっていた矢先、容貌が瓜二つの君を見つけたというわけだ」

 経緯を語る来ヶ谷さんは、興味深そうにあたしの顔を覗き込む。

「君を見つけたときは驚いたよ。容貌は美魚君そっくりそのまま、なのに名前はおろか性格もまるで違うのだからね。……初めは君の事を美魚君の親類縁者の類と思おうとしたんだが、調べるうちにどうにもそれでは説明がつかなくなった」

「……というと?」

「悪いと思ったが、大学に提出している君の個人情報を拝見させてもらったよ。事実だけを述べるなら美魚君と君は本籍が同じでね。なのに君は、美魚君のことをまるで知らないと言う。……ああ。生き別れた姉妹という線も考えなくはなかったが、既に役所で君の家系は洗いざらい調べさせてもらったから、それはないと断言できる」

「……随分と手際のいいことで」

「要約しよう。西園美魚が我々の前から姿を消し、その穴を埋めるように西園美鳥という少女がこの大学に現れた。……ここまでは理解してもらえたかな?」

 射竦めるような視線の来ヶ谷さんと応戦する為、あたしは迎撃体制にシフトする。

「つまりあなた方は、西園美魚氏が失踪し、名前を偽って隠遁生活を決め込もうとしているのがあたし……西園美鳥だと?」

 さしすせさんもそんな事を言ってたっけ。彼女らの意見を総合して組み立てると、確かにその辺が落とし処であろう事は容易に想像が付く。
 編集部に強要されたのか知らないけれど『食糞』などというワケのわからないシリーズを書いていたら、そりゃ精神的に病んで足を洗おうという気になっても不思議ではなかろう。
 だが、「いや、君が西園美鳥と自称するからにはきっとそうなんだろう」という来ヶ谷さんの言葉に、一瞬、あたしは「は?」と間抜け面を露呈した。

「君と美魚君は確かに別人なのだろう。だが、我々の探している西園美魚くんもまた、恐らく私の目の前にいる気がしてならんのだよ」

「意味が、よく……わからないんですけど」

 これだと確信して組み上げようとしたロジック。それを根こそぎ否定され、軽く眉間を押さえるあたしに、彼女は神妙な顔でトンでも話を披瀝した。

「ーービリー・ミリガンだよ」

「あたしが西園美魚の別人格とでも言いたいワケ……?」

 これはまた随分なファンタジーをぶち上げたものだ。法廷で裁かれる犯罪者が罪状を軽くするため、精神病の類を主張するのはアメリカは言うに及ばず、日本でもここ最近のトレンドといっていい。
 ダニエル・キイスの本著書は好きな部類に入るが、作品がノンフィクションに括られるからといって、その物語のすべてが事実であると鵜呑みにするほどあたしだって莫迦じゃない。ビリー・ミリガンもまた、罪状を軽くするため、その手の方便を騙った詐欺師と考えるのが妥当と思われるのだが、どうやらまともそうに見えた来ヶ谷さんは、夢見がちなメンヘラなのかもしれないと認識を改める。
 ちょっと不味いの引っ張ってきたかもなぁ。写真の件は気になるけれど、ここで明確な線引きをしておいた方がいいのかもしれない。

「失礼を承知で言わせてもらえれば。あたしから見て、貴女の方がよっぽどビリー・ミリガンですよ」

「分裂症と診断されたことはないんだがね。気を悪くしたのなら謝ろう。……だが、これだけは言わせて貰う。証拠も出せないし説明もできんが、君と美魚君についての私のこの見解だけは揺るがないよ。仲間内でも反論は出るし、あの世界について憶えている仲間もこの中でコマリマックスくらいしか居ないのが心許ないが。あの世界での美魚君を見ているからこそ、私は君と美魚君の同位性を確信している」

 あの世界? やっぱりメンヘラなのかしら。それにしては狂気を孕んでいるようにはとても思えない理知的な瞳をしているのが、な〜んか引っ掛かるのよねぇ。

「性質が悪いですね。あたしの個人情報を勝手に漁った上、説明できない事実をもって、あたしが西園美魚とやらの別人格であることを鵜呑みにしろと?」

「端的に云えばそうなるな。プライバシー侵害の件については、ここで謝罪しておこう。すまない」

 頭を下げる来ヶ谷さんを黙って見つめていたあたしは溜息をついた。

「……狭量で申しわけないけれど、今日はもうお引取り願えます? 拒否るならストーカーとして今すぐ警察に通報しますけど」

 写真の件とか、この人たちから話を聞く有意性が無いわけではないんでしょうけれど。正直ついていけないってのが本音だわ。せめてしばらく時間を於いてから会うくらいじゃないと、気持ちや情報の整理も追いつかないし、それを検討するだけの精神力が保ちそうにない。
 別人格ってなにさ。ふざけんじゃないわよって感じ?
 内心で苛立っているあたしに、何か言いたげな神北さんだが「はやる気持ちは分かるけれど、今日は顔合わせできただけでも充分じゃないかな。美鳥さんだって色々整理したいことがあるだろうし、素直に従うべきだよ」と直枝さんが制してくれた。
 うん、それ正解。あんた達に対する評価をあたしが現状保留にして、追っ払う程度で済んでいる事、ホントは感謝して貰いたいくらいなんだから。

「けれど私達には時間が……」

「笹瀬川さん」

 自粛を促されてお嬢様は頬をむくませて「ふんっ」とそっぽを向いて席を立つ。

「勝手になさいっ」

 こういうキャラとして許容すれば、案外面白い人なのかもしれない。さすがに今のあたしには、こういうシチュを楽しむ余裕がないけどね。
 肩を怒らせて去っていくささささんに従うように、しぶしぶと出て行く神北さんと来ヶ谷さんが消えるのを確認して、やれやれとあたしは脱力する。

「今日はごめんね。急に押しかけたような形になっちゃって」

 残ったのは直枝さん。
 この人があの面子の中では一番の常識人かもね。いろいろ助け舟を出してくれたりするところを見ると、来ヶ谷さんの話し振りからしても、案外あのオタク連中の中で複雑な人間関係が存在しているのかもしれない。

「…………」

 ……ふむ。ひょっとしてこれはチャンスなのだろうか?
 どの道、懲りずにつきまとう事が予想されるあやつらを牽制したりする意味でも、一番まともそうな彼女を懐柔して逐一連中の動向をチェックできれば、諸々の利便性が増しそうである。
 なによりもこの出色の美少女。
 すっぴんに見えるけど、薄化粧でキッチリ仕上げている隙のなさ。服装はさっきのメンバー同様、相変わらずの黒服姿だけれど、控えめな意匠の中に、質の良さを感じさせるドレスアップは嫌いじゃない。あの写真と比べても明らかに長いから、背中で切り揃えられた髪先はウィッグかなにかなのかも。けれど、そこにはカツラ特有のうそ臭さは無くて、自然に自分の雰囲気と巧い事合わせこんでいる。このセンスは、ちょっと知り合いにはないスキル。

「直枝さんは常識人みたいなのではっきり言いますけど、良くあんな連中と付き合えますね」

 ばっさり切り捨てると、苦笑気味に直枝さんは釈明する。

「言いたい事は分かるよ。でも腐れ縁だからね。というかボク、この界隈には半ば西園……美魚さんに脅されて入ったようなものだから……」

 「ほほぅ?」っと興味本位で先を促してみると、自分の秘密を握られて初めはイヤイヤながらコスプレをしてイベントに参加していた事を告白してくれた。脅迫された内容については口を噤まれちゃったけど、半ば脅されて入ったという話からしても、やっぱりこの娘は一番こっち側に近い人間じゃないのだろうかと確信を強めていく。

「そっちの西園さんは随分破天荒みたいね」

「悪い人ではないと思うよ……多分」

 西園美魚なる人物は、やはりあやつら同様にオタクの塊のような人なのかしらん。二重人格云々の真偽はさておき、そんなのが自分と同じ身体を共有していたらと思うとぞっとしない。
 でも……直枝さんに対して西園美魚が弱みを握って、いろいろ連れまわした気持ちは正直分からなくはないかな。
 だって、苛め甲斐がありそうなのよねぇ、この娘。
 内気なのか始終顔が赤いし。素材がいいのに、自分に対して自信がない人特有の、周囲の視線を気にしている挙動不審な動きと、俯きがちな怯えたウサギみたいな瞳に吸い込まれそうになる。小学生の頃ならきっと、異性の男の子が好きの裏返しで苛めてたんだろうなぁ。スカート捲りとか。

「ふ〜ん……」

 それにしても、さっきからなんか癪なのよねぇ。いろいろ文句を言いつつも、結局のところ眼前の女性は何だかんだで西園美魚と一緒に居たときのことを悪くは思っていない様子なのだ。というよりも、いなくなったことでストレスが解消されたというより、物足りなさを感じ始めているような印象すら見え隠れ。
 ストローでジュースを口に含み、あたしはふと正気に戻る。
 なんだろこれ。嫉妬?
 ……いや、まさかまさか。

「あの……じゃあ、ボクもこれでそろそろ」

「へ? もう帰っちゃうの?」

 思わず素っ頓狂な声が出る。先ほどの来ヶ谷さんたちに対する反発心はどこへやら。我ながら人によって随分と性格が変わるなぁ。

「こうしてボクが居続けても迷惑でしょうし、おいとまします。警察を呼ばれても困るしね」

 ちょ、ストップ。ストップよ!

「あれは言葉のあやよ。街頭でナンパに絡まれたり、宗教勧誘されそうになったら国家権力に頼るのが一番っしょ? いきなりストーカー染みた連中が押しかけてきたら誰だって身構えるし、理論武装して自分を守るのが当然の条件反射だと思わない?」

「それをいったらボクも来ヶ谷さんたちと同罪なわけだけど?」

 そうなんだけど。そうなんだけどさぁ〜っ。こっちとしては貴女を懐柔しておいた方が後々楽なのよ。
 う〜? ……いや、どうなんだろう。そっちの理由はどっちかというと、もう後付けな感じで。今の自分の正直なところをぶっちゃけると、

「あのさ……直枝さんとなら友達になりたいかなぁ、って云ったら……どう思う?」

 乙女心というのは甚だ複雑怪奇である。





ページトップ↑

12:00:00   鍵系SS  | コメント(0)  | トラックバック(0)

 ←西園某の肖像―03話― 西園某の肖像―01話―→ 

コメント

管理者しか読めないようにします    

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://kamiyakandi.blog15.fc2.com/tb.php/769-7dd3af5f

プロフィール

神谷 圭&愛&悠

管理人 : かみかみ
       

・性別
 ♂
・年齢
 29(社会人5年目)
・運営内容
 ラクガキ、物書き、レビュー、key作品メイン
・出身
 岩手→神奈川→福岡→神奈川(今ココ)
・趣味
 読書、惰眠、妄想、雑貨蒐集
・愛読小説
 『卵王子カイルロッドの苦難』(冴木忍)
 『風の白猿神』(滝川羊)続編希望!
 『クリムゾンの迷宮』(貴志祐介)
 『りかさん』(梨木果歩)
 『永遠の森』(菅浩江)
 『アイ・アム』(〃)
 『魔法飛行』(加納朋子)
 『クリス・クロス』(高畑京一郎)
・好きゲーム
  key関連
 ファイアーエムブレム関連

・バナー
 

・メールアドレス
 kamiyakandiアットマークyahoo.co.jp

更新日:2010/07/06

リンク


Since:2006.07.05

メニュー